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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)37号 判決

控訴人(被告) 阪南町長 外一名

被控訴人(原告) 阿形道一 外一〇名

主文

本件控訴は、被控訴人中村新三郎の請求に関する部分を除き、これを棄却する。

原判決中被控訴人中村新三郎の請求に関する部分を取消す。

本件訴訟のうち被控訴人中村新三郎の請求に関する部分は、昭和五三年七月七日同被控訴人の死亡により終了した。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人阪南町長

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

(本案前)

被控訴人らの訴を却下する。

(本案)

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴人根来弘

原判決中控訴人に関する部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

三  被控訴人(中村新三郎を除く)ら

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二主張

左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。

一  控訴人町長の主張

1  訴の適法性について。

(一) 差止請求の対象は本件土地(四)の売却行為であり、これは控訴人町長と上岡との間の売買契約によつて終了しており、差止の対象を欠く。

(二) 被控訴人らは町に代位して所有権移転登記手続を行う義務がないことの確認を求めることによりその目的を達し得るから、それ以上に所有権移転登記手続の差止を請求する必要性はなく、訴の利益を欠く。

(三) 地方自治法(以下法と略称)二四二条の二第一項一号の定める「回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」の要件は、右のとおり差止請求を求める必要性がないことが明白な本件においては、訴えの適法要件となるべきものである。

2  本件土地(四)の売却につき、地方自治法施行令(以下令と略称)一六七条の二第一項三、四号該当性について。

(一) 町は地上権者草竹と再三にわたり交渉したが、同人は最終的に六〇万円で買う意思を表明した(乙第一〇号証の一)。しかし町としてはできるだけ高値で売ることを希望し、もしそのような安い価格で売買されると他の売買にも影響を及ぼすので困惑していた。そのような時期に上岡と交渉し、予定価格の三〇〇万円で売却を決した。右事実からすれば、町が上岡に三〇〇万円で売却せず競争入礼によるときは、不信用又は不誠実の者が参加して、草竹が希望した程度の安値で買いたたかれるのは必至であり、そうなると、他の売買価格にも重大な影響を及ぼし、町にとつて重大な不利益となり、地方公共団体が契約事務を執行する場合に要請される経済性の確保に反し「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当する。

(二) 本件土地の価格は実際にも草竹が希望した六〇万円程度であり(原審戸田証言)、三〇〇万円はその五倍にも当り、「時価に比して著しく有利な価格」であることは明白である。上岡が本件土地を一〇〇〇万円で転売しようとしていたということはない。

3  本件土地の売買価格について。

本件各土地は、近畿圏の保全区域の整備に関する法律九条により近郊緑地保全区域に含まれており、森林法により保安林にも指定されており、開発行為をなすためには府の許可が、保安林についてはその解除が必要である。従つて本件土地と近接した土地でも、右区域に含まれていない開発可能な土地の取引価格と、本件土地売買価格とを単純に比較して、本件土地売買価格が不当に廉価であるということはできない。

二  控訴人根来の主張

1  法二三八条の三の適用について。

(一) 町の監査委員は町の財務に関する事務の執行及び町の経営に係る事業の管理を監査する事務に従事するものであつて(法一九九条一項)、町有財産の売却事務につき関与する権限はないから、本件土地(一)の売却はその当時控訴人にとつて、自からの取り扱いに係らず、本条の規制を受けない。

(二) 原判決は、本条の趣旨を監査委員の職務の執行の公正さのみでなく、公正らしさまでも担保するものと解して、行政の廉潔性を強調し、監査の対象となり得る町有財産の譲り受けも含むと解するが、そうなると、およそ監査委員である者はすべてその町有財産の譲り受けができないこととなる。しかし、控訴人のように、その土地に特別に深い縁故があつた者(祖先から山林の管理を継続する地上権者で、地上立木の所有権者)であつて、それ以外の者が買い受けることがきわめて不当な本件の如き場合でも、控訴人がたまたま監査委員であつたというだけの理由でこれを禁止するのは、きわめて酷であり且つ不当な結果を招くものであり、控訴人が監査委員の地位ないし悪用したのではない本件の場合には、本条の規制はない。

2  本件土地の売買価格について。

控訴人町長の主張3のとおり。

三  被控訴人ら(中村新三郎を除く)の主張

1  控訴人町長の主張1について。

本件において対象となつているのが土地の売買であり、移転登記が不動産売買に占める重要な役割からして、単なる法律関係不存在確認にとどまらない効果が移転登記手続の差し止めには存しており、無用の紛争を後に残らしめないためにも有効であつて、控訴人の立論は形式のみにとらわれた謬論である。

2  同2について。

草竹が買い受けを辞退した事実は定かでないが、その一事により随意契約を正当とする除外事由とはなり得ない。三〇〇万円という額が著しく有利な価格であるということはなく、現に上岡は一〇〇〇万円での転売を予定していた。

3  同3(控訴人根来の主張2)について。

本件取引に近接した昭和四六年三月二三日に、本件土地近くの五五二番二四の山林の一部を、大阪府が道路用地として三・三平方米当り八四八一円で買収した。本件土地はすぐ近くまで造成して開発が進められ一平方米当り五、六万円で取引されるに至つている。上岡が一〇〇〇万円で転売を予定している。以上によれば本件売買は明らかに不当に廉価である。

4  控訴人根来の主張1について。

本件は監査委員が譲り受けた町有財産について監査請求がなされ、当該監査委員が自らその価格の適否などについて監査している。その不当性は明白である。同条の趣旨が行政の廉潔さを保持せしめるところにある以上、「事務」を一般職員の執務と限定して解釈すべき根拠はない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も被控訴人ら(但し中村新三郎を除く)の控訴人町長に対する訴は適法であり、また控訴人両名に対する請求は各原審認容の限度においていずれも正当と認めるものであつて、その理由は、原判決理由一部を次のとおり訂正し、控訴人らの当審主張に対する判断を左記二、三に付加するほか、原判決理由と同一であるからこれを引用する。

原判決理由中、

(一)  その二枚目裏二行目から五行目までの「なぜならば、所有権移転登記手続の差止めを求めた方が、法律関係不存在確認を求めるより、より直接的であり、有効的であるからである。」を「なぜならば、町長に対し所有権移転登記手続の差止めを求めることも、法二四二条の二第一項四号により違法行為の相手方に対する法律関係不存在確認を訴求することと並んで、係争土地の所有権を相手方に移転する行為の完結を防止するうえでは、より手短かな一つの有効な手段であるから、後者の訴には相手方との法律関係を一挙に解決し得る利点が存するにせよ、なお前者の訴をも許し得ないものではない。」と、

(二)  その最終行目と三枚目表一行目の「申立第(二)の訴を不適法と関係するものではない。」を「申立第(二)の訴の適法性に影響を及ぼすものではない。」と、

それぞれ訂正する。

二  控訴人町長の当審主張1、2について

1  訴の適法性の主張について

(一)  本訴における差止め請求の対象は所有権移転登記手続であつて、売買契約そのものではない。よつて契約の成立によつても差止めの対象は失われない。

(二)  訴の利益については、前記原判決理由の一部を訂正して説示したとおりである。

(三)  法二四二条の二第一項一号の「回復困難な損害を生ずるおそれがある場合」の要件は請求を理由あらしめる要件と解し得るから、差止めを求める必要性の有無も、本案において右要件の有無を判断するに際し考慮される問題であつて、差止めを求める必要性の存しない場合だけを、とくに訴の適法要件を欠くものとなすべき理由はない。

2  令第一六七条の二第一項三、四号該当性の主張について

(一)  鑑定人北野通夫の鑑定(当審)の結果によつて、本件土地(四)の昭和四五年一〇月当時の時価(正常価格)は四五八万円(一平方米当り八四円七〇銭)と認め得る(証人戸田作二の原審証言中これに反する部分は措信できない)から、主張のように六〇万円に近い価格でしか落札されないおそれがあつたものとはたやすく考えられず、「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当するものとは認め得ない。草竹の買受希望価格が六〇万円であつたということだけでは、競争入札に不信用又は不誠実な者が参加してこれと同程度の安値に買いたたかれるおそれがあつたということはできず、他にそのようなおそれが存した具体的事実を認め得る証拠はない。

(二)  また、前認定のとおり本件土地(四)の時価は四五八万円だつたのであるから、三〇〇万円の本件売買価格は、被控訴人ら主張のように不当廉価とはいえないまでも、「時価に比して著しく有利な価格」でもなかつたことは明らかである。

三  控訴人根来の当審主張1について

町の監査委員は、町の財務に関する事務の執行及び町の経営に係る事業の管理を監査する事務に従事することによつて法二三八条の三にいう公有財産に関する事務に従事する職員に該当すると解し得るから、町有財産の売却事務そのものを所管事務とすると否とに拘らず、後に監査の対象となり得る町有財産の譲り受けはすべて禁止されるものといわなければならず、その結果、監査委員たる者は常に町有財産を譲り受け得ないこととなつても、行政の廉潔と公正(公正らしさを含む)を保持せしめる同条の立法趣旨に照らし止むを得ないものとしなければならない。

なるほど本件においては、控訴人は本件土地(二)(三)及び(五)の買受人と等しく本件土地(一)の特別縁故者であつて、原判決理由三(四)項説示の理由によつて、令一六七条の二第一項一号により随意契約によりその売渡しを受け得る者に該ると認め得るとともに、控訴人が買取ることにより直ちに伐採が行なわれるとも認め難く、本件における町の売却目的を損うおそれもないと考え得ることは控訴人主張のとおりであろう。しかし、法は同条二項により同一項違反の行為を無効とするとともに、これに対する何らの除外規定をももうけていないのであつて、その違反の有無はこれを形式的に判断し、右のような具体的事情によつてその適用を区区にすることを許さないものと解すべきである。よつて控訴人による本件土地(一)の買受は無効とせざるを得ない。

四  よつて、被控訴人ら(中村新三郎を除く)の控訴人町長に対する請求中本件土地(四)に関する部分を、控訴人根来に対する請求を原判決主文第二項の限度で各認容した原判決は相当であるから、右被控訴人らに対する本件控訴は理由がない。

記録によると、被控訴人中村新三郎は昭和五三年七月七日死亡していることが明らかである。法二四二条の二に規定する住民訴訟は、原告の死亡により当然終了する(最高裁判所昭和五五年二月二二日第二小法廷判決参照)から、これを看過してなされた原判決中同被控訴人の請求に関する部分は取消しを免れない。

よつて、訴訟費用負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西勝 潮久郎 大須賀欣一)

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